会社の金庫室を何気なく探っていたところ、古い賞状筒が二本見つかりました。
一本には「幸四郎 賞状」、もう一本には「紺綬褒章 38・6・27」と書かれています。
筒の雰囲気からして相当古いもののようで、恐る恐る開けてみると――
中には丸まったままの賞状がきれいに残っていました。
出てきたのは、明治から大正にかけて吉岡幸四郎が通っていた宝永尋常小学校の修業證書。
各学年、1年から6年までの皆勤賞状と修業証書が揃っており、
最も古いものは 明治40年(1907年)3月28日、第1学年の修業証書。
今からおよそ120年前のものです。
それが思いのほか良い状態で残っていたことに驚きました。
もう一方の筒には、
昭和50年に三木武夫総理大臣から拝受した紺綬褒章、
そして昭和38年に池田勇人総理大臣から拝受した紺綬褒章が収められていました。
池田勇人総理といえば、教科書でも習った「所得倍増論」の人物です。
思いがけず歴史の断片に触れたようで、なかなかの驚きでした。




